「常葉?」
「千世。神とは、どこに住むのだと思う?」
急に、そんなことをわたしに訊いてきた。わたしは首を傾げながらも、目の前の、古い建物に人差し指を向ける。
「お社でしょ。当然じゃん。ここって神様のお家なんでしょ」
「違う」
ひとこと、常葉は呟いて。それからゆっくり目を細めた。
見ているのはどこか遠く。わたしはその視線を追いかけて振り返る。見えたのは、鳥居の向こうの、この町の景色。
「神とは、その土地に、そして土地に暮らす人々の心に生きる。人々の祈りによって生まれ、信じる心に生かされるのだ。それがなければいくら社が建てられようと、神はそこに存在しない」
静かな声は、風の音よりも綺麗に通って聞こえた。まるで違う空気の中を泳いでいるみたいに。とても優しくわたしに届く。
「ここは、人が来なくなってもう長く、唯一足を運んでいた安乃も死んでしまった。人はもう俺を必要としていないのだ。この土地に、神は必要なくなった」
「そんなことないよ」
「事実、俺にはもうほとんど力は残っていない。人と関わりたくて姿を見せていたが、それすら近頃はままならないほどに弱くなってきているのだ。じきにすべて尽きる」
思い出したのは、いつか、常葉が半分透けていたのに腰を抜かすほど驚いたときのこと。
そう言えば、あれから姿を見せないことも多くなったんだっけ。いつの間にかいなくなったり、随分経ってから現れたり。
あれって、どこかに行ってたんじゃなかったの? そうじゃなくて……もうわたしに、姿を見せられなくなっていたの。