「大和」
顔を拭って、ズズッと鼻水をすすった。こっちを向いた大和に、わたしは、右手を突き出した。
「一緒に歩こうよ。わたし、引っ張ったりできないし、また遅れるかもしれないけど。行けるとこまで一緒にいこ。大和がまた、自分の道、ちゃんと歩いていくまで」
頼りないのは、自分でもわかってる。励ましのひとつでも言えたらいいのにって思うし。
でも、とてもじゃないけどそんなこと言えないから、今一番、伝えたいことだけ言ってみる。
かっこいい人みたいに誰かの手を引いてあげたりだとか、後ろから支えたりとかできないけれど。きっと同じ歩幅で歩くことならなんとかやれそうな気がするから。
それであんたが、喜ぶかどうかは知らないけど。笑ってくれたら、安心するから。
「……千世」
「大和の苦しみ、わかんないけどね。わたしなんて、夢すら持たないようなやつだし。でもわかるんだよ。だってわたしも、大和の夢、すごく大事だったから」
「ん……知ってる。ありがと」
大和の手のひらが、わたしの右手を包んだ。
わたしのなんかより、ずっと大きくて頼もしいそれを、心許ない小さな手で、離さないようにぎゅっと握る。
「ありがと、千世。たぶんもう、大丈夫」
「……うん」
「常葉さんも。あなたは神様だったんだな。どおりでどこか変な人なんだ」
「変とは失礼な。だが大和なら許してやろう。千世なら祟っているところだが」
「どういうことだ! 差別するな!」
「うるさい。俺は大声が嫌いなんだ。黙れ」
「ふたりとも、喧嘩はするなよ。仲良くしなきゃ」
「大和がそう言うならば致し方ないな」
「何だそれ! なんで大和にだけ甘いの!」
「ありがとう常葉さん。あなたはいい人だな」
「人ではなく神だ。俺を崇めたくば饅頭を寄こせ」
「はは。うん、わかった」
そう言って笑う大和の横顔を、呆れながら見上げた。そうしたら、いつかもどこかで、こんな顔を見た気がするなあと考えて。ああ、そうだ、と思い出す。
ゲームセットの声が響いて、マウンドで右手を突き上げながら、空に向かう、あのときの顔。
あのときの顔とおんなじ、大和は今、満面で、笑っている。