「……常葉」
「何を泣いているんだ大和。何を、そんなに悲しむことがある」
ゆっくりと、大和が顔を上げた。まだ涙があふれている瞳は、常葉のほうを向いている。
「夢やぶれたのが悲しいか。何も見えぬほどに辛いのか」
「あなたには……関係ないだろ」
「関係ないが、関係ないものもすべて見守るのが俺の仕事だ」
カラン、コロン。常葉が一歩歩くたび、軽やかな下駄の音が響く。
何しに来たの。って、言うところだったかもしれない。
でも言えなかったのは、どうしてか、よくわからないけど。わたしは、わたしを追い越す常葉の背中を、ただじっと見ていただけ。
生温い空気の中で、常葉はひとり、違う風をまとってそこにいる。
「なあ大和。諦めるのは恰好悪いと本当に思うのか」
「…………」
「努力し続ければすべてが叶うなど、そんな綺麗ごとはこの世にはないよ。辛いが、そういうものなのだ。
それなのに、諦めた者には厳しい世だな。本人が誰より苦しいことを誰も知らず、すべてを失くしたかのように攻め立て、憐れむ。諦めることがどれほど勇気と覚悟のいることか、誰も、知らずに」
下駄の音が止まった。常葉の手のひらが、ゆっくり大和に向けられる。
「目を閉じるな大和。たとえ今は辛くとも耐えろ。立ち止まることを選んではいけない」
「……うるさい」
「前へ行く道がないならば、後ろへ戻ればいいだけだ。お前が歩むための道しるべは、無限にあるわけではない。だが、たったひとつでもないのだ。まだ道は終わらない。これまでに失くしてきたものが、そしてこれから得るものがお前を見守る、明るい道が続いている」
「あなたに何がわかるんだ……あなたに何がっ!!」
「わかるさ。俺は夢を守る神だからな。すべて見えている。なあ、大和、なぜお前には見えないんだ」