「口、開いている。虫が入るぞ」


言われてようやく我に返った。

それでも意味もなくあわあわするわたしを、その人は不思議そうに首を傾げて眺めている。


「あ、あの、えっと……わたし、雨、降ってきて……」

「雨宿りか?」


訊かれて、慌ててこくこく頷くと、その人は「急に降ってきたものなあ」とゆったりした口調で空を見上げた。


「まあ、他に人などそう来ないところだ。ゆっくりと休んでいけばいい」

「あ、ありがとうございます……」

「だがしばらくは、止みそうにないな」


男の人は呟きながら、わたしの隣に腰掛けた。

ふわり、とふいに香ったお香の匂いにドキリとしつつ、慌ててこっそり自分の服の匂いを嗅いだ。うん、大丈夫、臭くない。


「止むまで待つと、随分時間がかかりそうだな」

「そう、ですね……」


気づかれないようにふうっと息を吐く。深呼吸して、できるだけ心を落ち着かせる。


「でも、小降りになってきたら走って帰るんで。家、そんなに遠くないし」

「ふうん、そうか。お前はこの町の子か?」

「はい。1年ちょっと前に、引っ越してきたばっかりですけど」

「そうか。それにしてもお前、びしょびしょだな。随分雨に濡れたようだ」

「あ、でももう家に帰るだけなんで、大丈夫です」

「しかし、風邪を引かないよう気をつけろ」

「ありがとう、ございます」

「ああ」


そうぽつりと呟いたきり。それから男の人は、じっと空を見つめていた。

さっきからなんにも変わらない灰色の空。何をそんなに、見ているんだか。