「私ね……ひとつだけ気掛かりだったんです」
ふいにぽつりと、安乃さんが呟いた。
「何がですか?」
「常ノ葉さんのこと。今のご時世、神社にお参りする人なんていないから、私が行けなくなったら、寂しくなっちゃうんじゃないかしらって思ってたの。ほら、最近よく姿を現してくださるのは、きっと、人とたくさんお喋りしたいからなんじゃないかしらって」
言われて思い浮かんだのは、誰もいない神社で、ひとりお社に座って空を眺めている常葉の姿。
わたしが階段をのぼって、それから鳥居をくぐって声をかけると、待ちくたびれた、って言ってふわりと笑う。
階段の一番下で座りながら、何もない商店街の裏路地をぼうっと観察してアイスを食べたこともあった。たまに通るご近所さんに、常葉は親しげに声をかけていた。
こいつは本当に神様か、と疑いたくなるような、何気ない光景。
「常葉って、たぶん、人が好きなんですね」
「そうですね。私もそう思います」
確かに、少し寂しがり屋で、構われるのが好きで。きっと人とこの町が好き。
だから常葉は、わたしの前にも現れた。
「千世さん」
はい、と答える。またちりんと、風鈴が鳴る。
「気掛かりだったけれど、もう心配する必要はないですね。あなたがいてくれてよかった」
「……はい」
気の利いた返事なんてできなくて、そんなことないですとも言えなくて。
かっこいい人なら、任せてくださいとか。ふつうでも、あなたはまだ元気になりますよくらい、言うべきだったんだろうけど。
とても言えなくて、でも、安乃さんは満足げな表情で微笑んだだけ。
はい、ともう一度、意味もなく呟いてみたら、安乃さんは、庭のひまわりとおんなじような顔をした。
「千世さん、素敵な夢を、見つけてくださいね」
そのとき、セミの鳴き声が近くで響いた。そのせいで、少し聞き取りづらかった声だけれど、たぶん、ちゃんと、聞こえたと思う。
「あなたはきっと、とても素敵な人になるわ」
確かに、そう言ってくれたと思う。