縁側のすみにぶら下がる、風鈴がリンと鳴いた。


「だから私はね、誰にも言えなかった声を、神様にだけ、こっそり聞いて貰ったんです」

「それが……常葉にお願いしたたったひとつの願いごと、ですか?」

「ええ。あの神社は、人の願いや夢を守る神様と聞いていましたから」

「旦那さんが無事に帰ってくるように願ったんですか」

「いいえ。そうではないの」


ゆっくり組まれた安乃さんの手は、少し骨張っていてしわしわで。わたしの手とは全然違っているから、いつかそれが綺麗だった頃のことなんて想像もできない。

だけど、確かにあった過去で、それは、今の安乃さんが、ここに居るために必要だった一瞬。


「私は、『あの人とできるだけ長く共に歩んでいきたい』と、願ったの」


それは、歩んでいく道を決めた、とても大切な選択だ。


「それだけだったんです。他には何も望まないから、私が歩む道に常に、あの人も居てほしいって」

「それが、安乃さんの夢だったんですか」

「思えば、叶うはずはなかったんです。死ぬしかないような役目に就かされていましたから。でも、本当に奇跡としか言いようがないことがあって、主人は生き長らえて、そして戦争が終わり、私のところへ帰ってきたのです」


安乃さんの声を聞きながら、もう一度、並んだ写真に目を向けた。

5年前に亡くなった旦那さん。5年前に亡くなるまで、ずっと一緒に居た人。


「それから結婚をして、子どもを産んで。お互いがしわくちゃになるまで一緒に居ました。亡くなったときはね、やっぱり寂しいし悲しかったけれど、それ以上に、幸せな日々をありがとうって思えたのよ。主人と、そして、願いを叶えてくださった常葉さまにね」


安乃さんが、ゆっくりと庭のひまわりを眺めた。まだもう少し大きくなりそうだ。ちょっとずつ、太陽を目指して背を伸ばしている。


「あれは主人が亡くなってから植えたんです。ひまわりって、とても背が高いし、太陽を追いかけて花を向けるでしょう。主人は私よりもずっと寂しがり屋でしたから、ちゃんと見てますよって、目印になるかと思って」