「なあ」
「あ、はい!?」
「言い過ぎた」
声に反応してぱっと顔を上げたけれど、瀬戸山は前を向いたまま。そしてぽつりと言葉をこぼした。
突然のことに、言葉の意味がわからず、ぽかんとする。
それを気にせず瀬戸山が言葉を続けた。
ポリポリと頭を軽くかいて。
「お前、俺が松本のこと、えーっと、その好きって、知ってるんだよな」
「……う、ん」
「そんで、ちょっと、いらっとして言ったんだけど。なんか、悪かったなって。俺、思ったら口に出しちゃうから、空気読めないって言うかなんつーか。お前が笑ってくれて、助かった」
意外な謝罪に、「あ、うん」と返事にならない返事しかできなかった。
「でもお前もさ、ちゃんと言いたいこともう少し言えば? 見ててなんかイライラするんだよな」
……怒ってはないけど、あまりにストレートな言葉にちょっとぐさりと胸に突き刺さる。
そんなこと、わかってるもん。
「でも、言わなくていいことも、ある、かも」
「そんなこと言ってると、都合のいい奴に思われるぞ」
わかってるけど。
でも、その場のみんなの笑顔が壊れちゃうかも、と思うとどうしても言えない。
言いたくない。そのほうがいいんじゃないかって、思う気持ちもある。
そりゃ、瀬戸山や江里乃みたいにズバズバ言えるのもいいなって思う気持ちだってあるけど。
「そういや、お前名前は?」
「……黒田、希美です」
さっき自己紹介したんですけど。
あ、でも私も瀬戸山と米田くん以外覚えてないから人のこと言えないか。
「黒田ね。だから、黒田、もちょっと自分の意見言った方がいいぞ。損するぞ。松本の話はなんか事情があるかもしんねーからいいとして」
「はあ……」
「お前やる気あんのかよ」
なんのやる気だ。
真剣な表情に、思わず吹き出してしまうと「笑うところじゃねえし」とちょっと恥ずかしそうな顔をした。
「元彼かなんかの話も、いやだったら断れよ」
「でも、急にそんなこと言っても、みんな楽しそうなのに」
「ほんっと人がいいな。ただの弱虫かどっちだよ。まあ、黒田の話聞いてると、悪いことでもねーのなか、とは思うけど……」
一応、心配してくれているのかな。
……言葉はすごくストレートなものばかりでちょくちょく胸をえぐってくるとはいえ。
それは“江里乃の友達”だからかもしれない。それでも、悪い気はしない。
さっきまで逃げ出したいくらいだったのに、不思議。
「お前、何番線?」
「2番。瀬戸山は?」
「俺1番。じゃあここで。気をつけてな」
さっさと駅に着けばいいのに、と思っていたけど、話し始めたらあっという間だったな。
「あ」
反対方向だから、と背を向けようとしたとき、瀬戸山が声を出す。
振り返ると「お前さ」と前置きをして笑った。
「もしも文句言われたら俺が文句言ってやるから、たまには意見言えよ」
ぽんっと頭のお団子に手を乗せられて、反応ができなかった。
最後にもう一度「じゃあまたな」と言ってから背を向けて階段を上っていく彼の背中を見つめながら、触れられた頭に自分の手を乗せる。
……なんて、素直な人だろう。
なんて、まっすぐな人だろう。表情だけじゃない。根っからの正直者だ。
口はあんまりよくなくて、ドストレートな言葉ばかり。だけど、ウソは感じられない。
本当に文句を代わりに言ってくれるとは思ってないけど、その気持ちはウソじゃないって、思えてしまう。
江里乃のことを、好きだって、口にする。
私のことに腹を立てたと言う。だけど、謝ってくれて心配をしてくれる。
誰に対しても、きっと瀬戸山はあんな感じなんだろう。
そう、きっとそうだ。
……変な期待を、しちゃだめだ。
心拍数がいつもより早い。
それを抑えこむようにぐっと奥歯を噛んで、何度も言い聞かせた。
そう、気のせい。誰に対してもあんな態度。
私はただ、今までの印象がよくなかったから、しかもさっき、あんなことがあったから、頭が追いつかないだけ。それだけなんだから。
ぎゅっと目をつむれば、瀬戸山の、“私”に向けられた笑顔が浮かぶ。
調子が狂う。やめてほしい。
これ以上、接点は持たないほうがいい。
ゆくゆくは嫌われるウソつきなんだから……私は。
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俺甘党で最近出来た駅前の
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ケーキ屋気になってるんだよ
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松本行ったことある?
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結構高いってマジで?
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今小学4年妹がいるんだけど
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すげー可愛いんだよ
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あと犬と猫飼ってる
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松本は?
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趣味はサッカーかなー
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中学までやってたんだけど
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今もやりてえんだけど、な
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体鈍るし
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松本は生徒会で忙しそうだよな
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もうすぐテストか・・・
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俺理系はいけんだけど
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英語が最悪
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日本人なんだから英語なんて
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いらねーだろ
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松本得意科目なに?
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・
何回かやりとりをしている間に、知らなかった瀬戸山を知っていく。
彼は江里乃に伝えているつもりなんだろうけれど、私だけが知っていて、それは誰も知らない。
……変な、感じ。
自分の返事が、私の言葉なのか、江里乃を装っているのかわからなくなってくる。
オマケに。
「よ、黒田」
「……こんにちは」
「はは、なにそれ他人行儀だな」
放送委員の会議が終わって靴箱に行くと、ちょうど帰りなのか瀬戸山に出会った。
あの日、言葉をかわしてから瀬戸山は私を見かけるたびに声をかけてくる。
挨拶程度だけれど、多分私が江里乃の友達で、ふたりの交換日記を知っているから、という理由だろう。
「今帰り?」
「委員会で。瀬戸山も帰りでしょ?」
「せっかくだし一緒に帰ろうぜー」
……え?
無言で振り返った私に瀬戸山が「嫌なのかよ」と少し不満そうな顔をしたから慌てて「そうじゃないけど」と、取り繕っておいた。
……嫌なわけじゃないのは本音。
ただ、あまり目立ちたくないっていうだけ。
瀬戸山と接点のなかった私が一緒に帰ったら……いろんな噂をされそうだし。
瀬戸山はそういうの気にしないのかな……。
自分だって、江里乃が好きなのに、私なんかとあらぬ噂を立てられていいの?
「セト?」
でも、と後をついて行こうとすると、誰かに呼び止められた瀬戸山が振り返って、私も同じ方向に視線を移した。
「あれ? 今から帰るのー?」
「おー」
女の子が、ひとり。
見たことない女の子は“セト”と呼んでいたから瀬戸山と同じクラスかな。
少し赤みのある茶色の髪の毛は、ふんわりとカールされていてかわいい。目鼻立ちもはっきりしていて、きれい系の女の子だ。
「駅まで一緒に行こうよ」
少し離れているから、私のことに気づいていない様子で瀬戸山の隣に並んだ。とても、自然に。
……いいんだけど、なんだこのもやっとしたこの気持ちはなんだろう……。
「あー、無理。俺、黒田と帰るから」
ぼんやりと、友達の女の子と帰るんだろうなと思ったとき聞こえてきた声に、顔を上げた。
「誰、黒田って」
「黒田」
首を傾げる彼女に、瀬戸山が私を見て指をさす。
彼女は私を見て、誰? と言いたげな顔をした。
「え、や、私、いいよ」
「なんで?」
なんで、と言われても……。
「なに? 彼女? いつの間に」
「いや、ただの友達だけど。さっき会ったから一緒に帰ろうとしてたとこ。だから悪ぃな」
じゃーな、と言ってスタスタと歩き出した瀬戸山を慌てて追いかける。
いいのかな、とは思ったけれど……はっきりと私の名前を告げられただけに無視するわけにもいなかい。
「そっかー、じゃあねー」
女の子はほんの少しがっかりしているように見えたけれど、明るい声で瀬戸山に挨拶をして、私に会釈して踵を返した。