「お前、案外すごいのなー」

「……なにが?」


コインを一枚一枚入れながらつぶやく瀬戸山。
すごいのは、500円しかコインに変えなかったはずなのに、手元のカップの半分以上にコインを増やしている瀬戸山だと思う。

コインゲームってコインを増やすことができるんだ。減る一方だと思っていた。


「さっきの。俺思ったこと我慢せずに口にするから黒田のふわふわしたところイライラするんだけど、すげーことなんだなあって思って」


さっきのって? なんだろう。ハンバーガーのことかな。


「ハンバーガーかカフェの選択肢しかなかったのに、中間を選んでみんなが好きなもの食べれるようにするって、すげーな、お前。俺すぐ白黒つけたがるんだよなあ。よくばーちゃんに我儘だって言われるしなー」

「……そんな、ことない、よ」


にかっと眩しいほどの笑顔で褒められると、後ろめたい気持ちになって目をそらした。
たまたまだったかもしれない。ただ、合わせているだけ。どちら側にもつかず、ふらふらしているだけ。


「瀬戸山のほうが、羨ましいよ」


思ったことをちゃんと口にできるほうが、ずっとすごいことだよ。
こんなふうに、私に“すごい”なんて言える瀬戸山のほうが、ずっとずっと、すごい。


——『どっちでもいい、とか、わからないよ』


人に自分の意見を言わなくちゃ、伝わらないんだもの。


「自分の意見を言えなくて、振られるんだから、私なんて」


自嘲気味に笑って告げた。

どっちがいい? って聞かれると、どっちでもいいよ、って言っちゃう。なにがいい? って聞かれるとなんでもいいよ、って答えてしまう。

そんなことばっかり。

瀬戸山がどんな顔をして私を見ているのか怖くて、顔を上げることはできなかった。
“そりゃそーだろ”って笑い飛ばしてくれたほうが楽かも。そう言って欲しくて、こんなことを口にしてしまったのかも。


「俺、今からジュース買ってくるんだけど」

「——…え、あ、うん」


脈絡のない発言に、肩透かしを食らった気分で顔を上げた。
瀬戸山はさっきまでとなんら変わらない表情でコインを入れ続けている。


「お前のも買ってきてやるよ、コーラとお茶とどっちがいい?」

「え? え、いや、えっと、どっち、でも」

「コーラとお茶以外ならなにがいい?」

「……なん、でも」


瀬戸山の質問に、相変わらずな答えしかできない自分が嫌になる。
これじゃダメだって思っているのに、いつもこんなことばっかりだ。


「わかった」


瀬戸山が腰を上げて、自動販売機を探しに行く。
……なんで急に、ジュースなんかを買いに行ったのかはよくわからない。ただ、自分の受け答えに落ち込む。

なんでこう、私は自分の意見が言えないんだろう。紅茶とか言えばよかったんだ。お茶かな、って選べばよかったんだ。


「はい」


数分して戻ってきた瀬戸山が、自分の分のコーラのペットボトルを手にして戻ってきて私に缶を手渡してきた。

ほんのりと温かい缶を受け取り「ありがとう。あ、お金……」と答えながらラベルを確認する。


「ぶ、っは! なん、で、おしるこなの」

「なんでもいいんだろ?」

「まさか、おしることは思わなかった。ふはは、よくあったね、これ」


予想外のチョイスに吹き出すと、瀬戸山もしたり顔をした。
店内は寒くもないのに、まさかおしるこ選ぶなんて。なんでこれ。


「ふは、は、あり、がと。缶のおしるこって、そういえば飲むの初めてかも」


クスクスと笑いながら缶を振って開ける。
一口飲めば、ぶわりと甘さが広がった。
缶のおしるこってこんな味なんだー。


「お前は、なんでもいいんだよ」

「え?」

「なんでもいいって言ったらなんでもいいんだろ? だから、文句も言わずにそれも飲むだろ。それでいいんじゃねえの? 別にウソついてるわけでもねーじゃん。自分の意見だろ、それも」


私の手元を指さして「な」と笑った。

……私を、慰めて、くれたのかな。
さっきの言葉に対して、“それでもいい”って。そう言ってくれてる、んだよね。


「まーなんでもいいばっかりじゃめんどくせーけどな。お前もちょっとは考えろっていう話だよ」

「……うん」

「お前、多分自分が思ってる以上に“自分がある”と思うけど。面倒くさいくらい」


どういう意味かよくわかんないけど、多分、肯定してくれているんだろうな。
こんなふうに、言ってもらえるなんて思ってなかった。こんなふうに言われることなんてなかった。

手元のおしるこが暖かくて幸せな気持ちになる。甘ったるいけど、おしるこもいいなあ、なんて思う。


「ありがとう」

「お金は返せよ。あと考えることはしろ」

「あはは、うん、ありがと」


いろんな気持ちを込めて感謝の言葉を伝えると、瀬戸山はとてもやさしい顔を見せてくれた。





家に帰っても、瀬戸山のあの表情が忘れられない。あの言葉が忘れられない。

自分であんなふうに考えることは難しいけれど……嬉しい気持ちには違いない。思ったことをそのまま口にしてくれる瀬戸山だからこそ。

あんなふうに考えてくれるなんて。あの瀬戸山が。絶対に私みたいなタイプは苦手だと思っていたのに……。前の合コンでは確かに怒っていたのに。


「ありがとう」


ひとり、瀬戸山との交換日記に向かってつぶやいた。
聞こえるはずもないのに。それでも言わずにはいられない。

嬉しい気持ちがずっとなくならなくて、ふわふわ浮いているみたいだ。

瀬戸山のことを知っていく。
思った以上に素直な人で、思った以上によく笑う。そして、優しい。


『映画おもしろかったね』


そんな返事を書きたくなる。

また映画に行ったりしたら、きっとなにを見るかという話になるだろう。瀬戸山があれとこれがいいといえば、私はきっとまたどちらも選べない。

だけど、瀬戸山は文句を言いつつも、受け入れてくれるんじゃないかと思う。


——都合のいい、自分勝手な想像だ。


もっと、話をしてみたい。
瀬戸山のあの素直さに触れて、笑っていたい。

気兼ねなく趣味について話をして、文句を言われても、笑顔でいられる人。


『今度、一緒に映画に行こう』


そんな言葉を黄色のペンで書いて、苦笑をこぼしながら黒色のペンで上から絵を書いて隠した。


「ウソだよ」


だってそんなの、言っていいわけないもん。わかってる。
ノートの中の“私”は“江里乃”でなくちゃいけないんだから。

これを受け取った瀬戸山は、きっと笑顔で捲る。
想像するとちくりと胸が痛むのも、ウソだから。




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    3冊目 ピンクの恋心




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  文系っていつも何時に帰ってる?
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  帰りあんまり会わねえよなあ
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  昨日、来週からテストだから
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  部屋で勉強してたら
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  妹の美久が彼氏出来たとか
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  言い出してびびった
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  こっちは大体6時間目が
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  終わるとすぐ帰れるよ
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  え? もう彼氏?
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  最近の小学生って早いんだね
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  お兄ちゃんさみしいでしょw
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  さみしくねーよ!
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  でもノロケ話がうざい。
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  あと、今度この曲
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  昼に流してもらえねえ?
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  お前CD持ってる?
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本当に好きなんだなあ。
返事に書いてあったアーティストの曲を見て、筋金入りのデスメタル好きだとすぐわかる。

……私も持ってるんだけどね。

この曲、お昼に流して前に怒られたやつなんだけど。いいかなーまた流しちゃって。

そういえば……瀬戸山の中では、江里乃はデスメタル好きになっているんだっけ。


1日1回。多い時は2回以上やりとりをして、なんだかよくわからなくなってくる。このノートでの会話が現実のものなのかウソのものなのか。


デスメタルが好きで盛り上がったり。映画の話をしたり。学校の話とか、家族の話。色んな話のやりとり。意味のないことばかりで、この交換日記がこの先どうなるのかさっぱりわからないのだけれど、それでも。


「楽しいんだよねえ……」


わかっている。
もう、今はもう、ただ、瀬戸山とのやりとりを楽しんでいるだけの自分がいるってこと……。

ダメだって何度も何度も思っているのに、ずるずると続けている。ノートももう殆ど埋まってしまった。


『生徒会も大変だよ』なんて、嘘っぱちを書いて、『デスメタルのこれがいいよね』と素直な言葉を綴って、ふらふらしているだけだ。


なんだか、なにが本当でなにがウソなのかもわからなくなってきてしまう。

しかも、瀬戸山と会って話をすることもあるから余計にややこしい。余計にこんがらがってしまう。ついうっかりノートでの会話を口にしてしまいそう。