「1回だけだからね」

そう念を押してストップウォッチを構えた。


そんな私の声なんて聞こえないぐらいの集中力で須賀はスタート台から水面を見つめている。

ビリビリと須賀からはオーラのようなものが見えて、普段では絶対しない顔をしていた。

その姿勢はゆっくりと飛び込む姿勢になって、まるでトビウオのように須賀の体がキレイにプールに着水した。


ピッとストップウォッチのボタンを押して、時間が着々と刻まれていく。

バシャバシャと水しぶきを立てながら、須賀は魚のようにどんどん進んでいく。


そのクロールのフォームは唯一無二と言えるぐらい美しくて、そういえば〝あの頃〟からみんな須賀が泳ぎだすと見入っていたっけ。


お手本にしてた。目標にしてた須賀の泳ぎ。

だけど、成長していたら。このプールで一緒に泳いでいたかもしれない未来があったのなら。

私は海斗の泳ぎにだって感動したと思う。


須賀が50メートルをターンをして、こっちに戻ってきた。


須賀の泳ぎはキレイだけど、やっぱりそれだけじゃない感情が渦巻いてしまう。

後悔とか悔しさとか情けなさとか、そんな色んなものが混ざったキレイじゃない気持ち。

須賀の右手が壁に着いたと同時に私はストップウォッチのボタンを押した。


タイムは54秒20。