「須賀ってさ、泳いでる時なにを考えてるの?」

これも驚くぐらいすんなりと聞けた。

聞いてどうするわけでもない。
ただ気になっただけ。


「なにも考えねーよ。水泳は無心でいられるっていうか……呼吸ができる場所なんだよ」


……呼吸ができる場所?

それじゃ本当に魚だよ。

それなら須賀は陸に上がれば足が生えて人間になるって?まるで人魚姫だね。

でも知ってる?

人魚姫は人間になるために美しい声を失った。

それなら須賀は魚でいるためになにを失うの?

それはもしかしたら時間かもしれない。

青春時代のすべてを須賀は水泳に捧げる覚悟がある。


「……大会とか緊張したりしないの?レース前はだれよりも落ち着いてるって……」

「だれから聞いたの?」

「え、ああ……圭吾くん……だけど」


べつに言いづらくする必要はないのに、圭吾くんの名前を出すのをためらってしまった。

須賀がどれだけライバル心を燃やしていようと私には関係ないことなのに。


「ふーん。まあ、結果を残すために毎日練習してるし。本番でジタバタするヤツは自信を持てるだけの練習をしてこなかったってことじゃね」

「……じゃ、圭吾くんは練習してないって言うの?」

「あいつはただのあがり症なだけ。スタート台に立った森谷なんて自信しかなくて、怖いぐらいだよ」

「自信しかないのは須賀も同じでしょ」

すると、須賀は歩いていた足をピタリと止めた。


「自信はあるけど才能はない。だから毎日必死で泳いでるんだよ」