「最初は知り合いからスクーターを貰おうと思ってたんだけどね。結局自分で違うやつを買ったんだ」
「違うやつって、スクーターじゃないんだ? バイクのちっちゃい版みたいなやつ?」
「うん、そんな感じの」
荷台がうしろにあるだけで荷物がそんなに運べないけど、大きな物を持ち歩いたりはしないから、わたしにはそれで十分だった。
どこかに行きたくて取った免許と、買った小さなバイク。
「ねえ、あたしが原付買うときにさ、相談乗ってもらってもいい?」
「うん、色々教えてくれたお礼に」
わたしもあんまり知らないけど。と付け加えると、三浦さんはまたからからと笑った。
わたしもちょっと笑い返して、それからチャイムが鳴ったから、窓際の席に戻った。
授業を聞きながら、また今日も、空を眺めていた。
でも、頭の中はからっぽにはならなかった。
なんだかいつだって誰かの顔が浮かんで。
なんだかいつだって誰かの声が聞こえる。
カシャリとカメラの音がする。気のせいだってわかってる。
──セイちゃん
聞き慣れた、だけど最近知った、柔らかな声に名前を呼ばれた。
頭の中で響いた声だった。
頬杖を突きながら、ハナは、もう、わたしと出会ったときのことは憶えていないんだろうなと考えた。
昨日までの日々。
まだ短い、きみと過ごした日々と、きみを知らなかった長い日々。
もう、きみの中にはない日々。