「ありがとう」ともう一度言って、軽い鞄を背負った。

朝、登校中に濡れてしまったそれは、随分時間が経った今でもところどころが微妙に湿っている。

気持ち悪いし、大雨の中帰るのも億劫だし、おまけに職員室に寄るのもめんどくさい。

いろんなことが煩わしいな、そんなことを思う背中に、「倉沢さん」とまた呼ぶ声が掛かる。


「あのさあ……」

「ん、なに?」


まだ先生、何か文句を言ってたかな。

だけど振り返ってみれば、どうやらそうじゃないみたいだ。

「ちょっと聞きたいんだけど」と、もじもじしながら視線を逸らす三浦さんに、なんだろう、と首を傾げると。


「倉沢さん、原付の免許持ってるってほんと?」

「えっと……うん、持ってるけど」

「あ、やっぱり本当なんだ!」


急にらんらんと目が輝いて、ぐっと身を乗り出してくるからちょっと後ろに引いてしまった。

だけど三浦さんはおかまいなしに、逸らしていたはずの目を真っ直ぐに向けてくる。


「あのね! 実はあたしももうすぐ取ろうと思っててね! でもまわりに取ってる子いないからさあ、試験とかどんなのだろうと思って」


そして、どうやらわたしが免許を持っているということを聞きつけて、訊ねてみたということらしい。


「な、なるほど」

「あの、ごめんね、急に」


うちの学校は基本的には免許取得は厳禁だ。

数少ないヤンキーぽい人たちは堂々と取得を言いふらしているけど、できる限り平穏でいたいっていうわたしみたいなタイプの人は、あんまり口には出さずにこっそりと取りに行っている。