知ってるよ、そんなこと。
何をいまさらそんなこと。
わたしがきみの、何より大事なものだって。
そんなの知ってる。
だってわたしも、きみが世界で一番大切だから。
きみだけが居ればそれでいいなんて、今はもう思わないけれど。
きみが居なきゃわたしの世界は、少しも色を持たないままだ。
だって思うんだよ。
淀んでばかりいたわたしの世界が、少しだけ綺麗に見えるようになった今。
“世界は綺麗だ”という言葉を信じるのなら、きっと、わたしの世界はきみと出会ってはじまった。
だから──
「立って、ハナ」
「……え?」
「立って。行くよ」
戸惑うきみを引っ張り上げて階段を下りていく。
そうしながら携帯で、ある人に電話を掛けた。
もう空は暗くなってきている。
きっとあと少しで、星が昇り始める。
「セイちゃん……どこ行くの」
「誰も知らない場所へは行かない。でもちょっとだけ」
振り返る。
まだ、涙で濡れたきみの頬を手のひらで拭って、驚いたままの顔に、わたしは、笑う。
「今からハナを、誘拐する」
きみのためになんて何もできないわたしが、できることはなんだろうって、必死になって考えた。
大したことは何ひとつない。
きみがよろこんでくれるかもわからない。
だけど後先考えずに突っ走るくらいがちょうどいいんだ。
怒るのも反省するのもあとにして。
今はただ、きみの手を取って走るよ。
きみに見せたい、景色がある。