──胸が鳴る。不安な鼓動。
「部屋に、置いてあったんだ。ノートもアルバムも、そのまま。いつもふらふら出歩くけど、それを持って行かないことなんてなかったから、不安になって……あいつが行きそうなとこ探したけど、それでも」
どこにも、居ない。
ハナがどこにも。
「どこに……行ったんだよ。ハナ」
大切な、きみの記憶の証を置いて。
きみはどこかへ行ってしまった。
ついさっきまで一緒に居たのに、何も言わずに、きみはひとりで。
夢で見た光景を思い出す。おぼろげな景色だ。でも憶えている。
泣きそうな顔で笑いながら、暗闇の向こうへ行ってしまうきみ。
追いかけても追いつけない。ただ名前を呼ぶしかできなかったわたし。
「どうすればいい……! あいつが、戻ってこなかったら!!」
吐き出したのは、痛いくらいの思いだ。
顔を隠した指の隙間からは、いくつもの滴が零れている。
必死で我慢しようとして、でも抑えられなくて。きっとわたしよりも大きな不安を、ずっと、抱えている人。
「……ハナになにか、あったんですか?」
きみがときどき、わたしに言わない何かを、必死で考えている理由。それが何か関係している?
わたしにはわからなかった、きみが、泣きたくても泣けない理由。
『ねえセイちゃん』
今日、わたしに、きみが言いかけたこと。
「……ハナ、は」
お兄さんがゆっくりと、瞳をわたしに向けた。
まだ涙で濡れたそれは、きみと、よく似ていた。
「ハナの記憶量……どんどん、短くなってる」