「はじめまして。芳野葩といいます」
「星の母です、よろしくね。さあ上がって。ちょうどお菓子があってよかった」
「いえ、お構いなく。お邪魔します」
結局気の効いた言葉なんてひとつも言えないままだったわたしと違い、ハナは相変わらずにこやかで、余裕のある上品な態度のまま家へ上がった。
初めてハナと出会った日に、育ちがいいのかなあ、なんてことをなんとはなしに思ったことを思い出して、やっぱり丁寧に育てられたのかなと、改めて感じた。
ついでに自分のダメっぷりに落ち込みつつ、綺麗に並べられたハナの靴の隣に、いつもはしないくせに自分のパンプスを揃えて脱いだ。
さすが、すぐに誰とでも仲良くなれるハナだ。あっという間にお母さんと打ち解けて、わたしそっちのけでふたりでずっとおしゃべりをしていた。
お母さんはわたしの小さい頃の話をしたり。ハナは持っていたアルバムをお母さんに見せたり。
わたしはむすっとしながら横で紅茶を啜っていたんだけれど、お母さんとハナが楽しそうに話している光景は素直に嬉しくて、なんでかちょっと泣きそうにもなった。
「ハナくんに会えて、よかったわ」
最後にお母さんが、そうハナに言った。
ハナはそれには何も答えずに、口元だけで小さく微笑んでいた。
──いつかハナは今日のことを、そしてお母さんと出会ったことを忘れてしまうんだろうか。
考えて、悲しくて、そしてきっとハナもお母さんもそれを知っていて。
知っていて、ハナは何も答えず笑って。
お母さんは知っていもなお、会えてよかったとハナに言った。
気持ちなんて、どうしたって伝えられない。言葉にしたって伝わるのはそればかりで、人の心の内を知るのはとてもとても難しい。
だからこそもどかしくて、でもどうしようもなくて。
ただ少しでもきみに伝わればと、そればかりを思っている。
たった1日の世界できみが出会った人たちは、きみに出会えて本当によかったと思っているはずなんだ。
たとえきみが、すべての出会いを忘れてしまったとしても。
他の人の心に残ったこの出会いは、きみの存在と同じで、とても、大切なものなんだ──