それはただ一歩、前に出て振り返っただけの短い動作。

だけど、まるで踊っているみたいに楽しげで、なんだか不思議と、見惚れてしまった。

消えそうな夕焼けを背負って、ハナが右手を空に向ける。

もうそこに光はないのに、それでも眩しそうに目を細めて。


「セイちゃんの言ったことはね、間違いじゃないのかもしれない。でもね、俺は違うんだよ。

俺の見る世界にはちゃんと、綺麗なものが確かにある。この空もそう。気持ちよさそうに飛んでた鳥もそう。あとは、何だったかな、今日は小さな白い花を見たよ。熊みたいに大きい犬とか生まれたての赤ちゃんも見た。

全部残したいって思ったよ。憶えていたいと思った。とても綺麗だから。大切だから。だから俺は、憶えておくんだ。

ねえ、セイちゃん、俺はね」


ハナが、わたしを見た。

髪と同じで色素の薄い瞳は、今は影になっていてとても暗いのに、だけどどこまでも透明な、そんな気がした。


「きみのことも、憶えていたいと思ったんだ」


こてんと、傾げた首と一緒に、長い前髪が斜めに揺れる。


「綺麗だったから。俺と同じものを見ていた女の子。俺が見ていたセイちゃんはね、すごく、綺麗だったよ」


そうしてやっぱり、ハナは、笑う。