「なるほどね。そっか、うん、なるほど」
三浦さんはひとりで勝手にいろいろと答えを導き出してくれたようで、うんうん頷くとわたしの手をぎゅっと握り「また報告よろしく」と目を輝かせながら言った。
わたしはもう否定するのも面倒で「……うん」とだけ答えて、後ろで首を傾げているハナに、心の中で謝っておいた。
「じゃ、あたし帰るね。よくここ来るんだったら、またうちに遊びに来てよね。うち向こうでケーキ屋やってんだ」
「そうなんだ。わかった、遊びに行く」
「うん。芳野先輩も、よければぜひ」
そう言って手を振り、三浦さんは細い坂を、慣れたように駆け足気味でのぼって行った。
ときどき振り返ってはまた手を振るものだから、わたしたちは三浦さんが見えなくなるまでその背中を見送っていた。
そうして、ちょうど、見えなくなった辺りで。
「俺……あの子と知り合いだったのかな?」
ハナがぽつりと呟いた。
わたしは一瞬考えて、「芳野先輩」と三浦さんがハナのことを呼んでいたのに気付く。
「んー……たぶん、知り合いってわけじゃないと思う。三浦さんが、一方的にハナのことを知ってたって感じかな」
「そうなの?」
「うん。三浦さん、ハナと同じ中学校だったらしいから」
それでハナのことをいろいろ訊いてしまった、とまではもちろん言わなかった。
ハナは「そっか」と少し安心した顔をして、もう一度、三浦さんがのぼって行った坂の上を見上げる。
「俺があの子を忘れちゃったんじゃなくて、よかった」
小さな響きはとても柔らかな声だった。
だけどわたしが、ふいにどきりとしたわけは、それでいて、とても、寂しそうでもあったからだ。
だって、聴いたことがなかった。ハナのそんな声。
ふと、今、どんな顔をしているんだろうと思った。
だけど、覗こうと思っても暗がりでよくは見えなくて、そうしてハナがわたしに振り向いたときにはもう、その表情は、いつもと同じものだった。
でも、なんとなくだけど、ハナの表情が見えなかったあのとき、ハナはわたしが見たことのなかった顔をしていたんじゃないかと思う。
なんで、そんな顔をしたのかは、わたしにはまだ、わからないけれど。