リビングのドアを開けると、母親はぼんやりとソファに座っていた。

「お母さん、逃げて!お母さんっ」

 母に駆け寄ると、私はそう叫んだ。まだ男の姿は見えない。

「急いで逃げなくちゃ、お母さん!」

 しかし、母は私を見ようともしなかった。ソファに座ったまま身じろぎひとつしない。

 その顔はいつもの母と違い、ひどく憔悴しているかのように見えた。

「待てって言っただろ」
男の声に思わず身体がはねあがった。

 振り返ると、ドアのところに立って憮然とした顔をしている。

「あんた・・・母を殺したの・・・?」

「は?」

「お母さんを」

「アホか、よく見ろ。生きてるだろうが」
なぜか苦笑しながら男は言った。

 母を見る。

 確かに母は今、両手で顔を覆うと深いため息をついているところだった。