恭子は首をふりながら、
「そこからはよく覚えてなくて・・・。ただ夏なのにすごく冷たい壁を触りながら、階段を上がっていく感覚だけ覚えている」
とさみしそうに言った。

___もしかして?

 そう口に出しそうになるのを、かろうじて飲み込んだ。

「気がついたら、ここから地面を見下ろしていた。彼を憎んだのは確か。でも、それよりも・・・あんな冷たい男のために小さな命を殺した自分が許せなかった。その気持ちの方が強かった。だから、ここから飛び降りたんだと思う」

 無言で恭子を見る。

 今、静かに恭子の目から涙がこぼれた。

「意識が戻ったときには真っ青になったんだけど、案内人から自分がちゃんと死ねたことを教えられて、正直ホッとしたの。だって、遺書なんて書いてないから、生き残ったら彼とのことがバレてしまうでしょう?」

 彼女はやさしい人だと思った。それを言ってあげたかったが、軽く聞こえそうで言葉にはできなかった。