よく見ると、リビングのどこにも私の遺影などはなく、私がここにいた痕跡は何一つなかった。

 母が鼻歌まで歌いながら、コーヒーを作り出した。

「・・・そんな」

 呆然としたまま外に出る。

 先ほどまでの天気とはうって変わって厚い雲が頭上を覆っていた。

 吐く息がまた白くなっていて、宙で消えてゆく。


「大丈夫か?」
門にもたれてクロが両腕を組んで立っていた。困ったような表情。

「・・・いると思った」
言いながら歯がガタガタ鳴る。微笑もうとしたが無理だった。代わりに涙があふれそうになる。

 なんか、泣いてばっかだ。

「何かあったのか?」

「ううん。ふたりとも元気そうだった」

「それだけか?他には?」
なんでそんなこと聞くのだろう、と思いながら、
「それだけ」
と答えた。