気がつくと私は両耳を押さえてうずくまっていた。

 真夏だというのにひどく寒く、そして震える唇からは白い息が宙にとけている。

 男は隣に乱暴に座ると、あぐらをかいて私を見た。

「認めろ。そうしないと先に進めない。お前の案内が終わらないと俺は帰れないんだ」

「うそ・・・うそでしょう・・・?」
ガタガタと歯が鳴る。涙でくもった視界で男を見る。

「蛍、お前はもうこの世にはいないんだ。だから、母親には見えない」

「だって、だってぇ・・・さっき本を投げた・・・とき、あんたにぶつかった・・・」

 男はさみしそうに笑うと、
「物には触れられるさ。だけど本が飛んだのはこっちの世界だけの話。生きている世界のやつらにとっては本は動いていないように見えるんだ。でないと、何でもすり抜けちまうと地面さえすり抜けてしまうだろ」
と諭すような口調で言った。

「信じられない・・・」