「いや、昨夜は一緒に食べたよ。まああまり食欲はなさそうだったけれど」

「まだ寝てるんですかね」

「どうだろう。ちょっとコールしてみようか」
 

そう言ってキッカは立ちあがった。

気にしなくていいのに、食堂の入口付近まで移動してから携帯端末を取り出す。

じっと見ているのも悪い気がしたので、わたしは紅茶をひとくち飲んだ。

甘いりんごの香り。


「出ないね」
 
その声にさほど危機感や心配の色はなかった。

でも顔を上げて確認すると眉根が寄っている。

コール音を切っていて寝ていれば、気づかないことだってある。

でも遅刻の許されないこの生活。

人間だから寝過ごすこともあるし、今は休暇だし、ということを踏まえても気にかかる。
 

ふと思い出す昨日の香り。

祖父の病室で嗅いだ匂い。あれは。


「あの」
 
身体が震えた。脳にわずかな衝撃が走る。

「部屋、行ってみませんか」