どのようにして。

その疑問が頭をもたげる。

そんなことする必要ない。

力強く握る手のひらで鳴る手袋。
 

遠のく背中にグレーの髪が揺れていた。

まっすぐ伸びた背筋、しっかりとした足取り。

でもきっとわたしが何を言おうと、もう振りかえらない。
 

ああ、そうだ。記憶の中の扉がひらく。
 
この香りは、祖父の病室で嗅いだんだ。
 

その背を追いたい、その手を取りたい。

そんな願いは霧散する。
 

乾いた左目から、涙が一筋こぼれた。

いったい、わたしはどうすればよいのだろう。

 
その後しばらくして寮長室から出てきたキッカに食欲がないことを告げ、今夜の食事はことわった。

いつもより優しい笑顔で心配してくれた彼は「あとで部屋の前に飲み物と軽い食べ物だけ置いておくよ」と言ってくれる。


「ありがとうございます」その言葉がかすれた。

あたたかい手のひらがわたしの頭を撫でる。

泣きそうになって、あわててその場から逃げだした。

走って、走って部屋へと帰る。