グラスが汗をかいていた。
からん、とふたたび音を奏でた。
その澄んだ音がやけに遠くに聞こえた。
「しかたがない、ってなんなんだろう」
そういうナギ・ユズリハも、どこか遠くに感じた。
彼は窓の外を眺める。わたしもつられて視線を動かす。
水の流れる音、小さな池。赤い鯉がぱしゃんと跳ねた。
「食べたら」その声に我にかえる。
彼を見ても、外を見たままだった。
テーブルの上に無造作に置かれた手に、赤い絵の具がついていることに今更気がつく。
そんな風に思ってもなお、彼は絵を描いているのだ。
あのヤマギワに嫌味を言われようとも。
フォークを持った自分の手。
両手に絡みつく欠陥を隠すもの。
わたしはこうやって自己を偽って息をしている。
そんな奴に、どうこう言える筋合いはない。
「大人のために、子どもは成長するんじゃない」
それでも何も言えないのは気持ちが悪かった。
だからこれは自分に言い聞かせるのだと思って口にする。
ナギ・ユズリハはやっぱりこちらを見てくれなかった。