当の本人はそんなこと意に介する様子もなく、数秒まわりを見渡してから歩き始めた。
ここで別れるという選択はない。
だって帰りがどうなのかわからない。鍵がなければ入れないかもしれない。
「もしかして、謹慎の理由って」
それでも無言で歩くのは辛かった。
外の音は世界に溢れている。
話し声、路面電車、通行シグナル。
その中にいて同伴者と会話もなく進むのはすこし、さみしい。
「もしそうならば、今ここにいない」
だけど返答は素っ気なかった。
そりゃそうだ。あんな場所から外出しているのが見つかっていたら、鍵は取りあげられるだろうしセキュリティを強化するかあの扉を潰すだろう。
かといってじゃあなんで、とは聞けなかった。
わたしは些細な理由でも、彼がどうだかはわからない。
それにそんなことを聞けばあの紙やヤマギワの態度の理由を知りそうで――そう、怖かった。情けない。
そうなっては会話も続ける勇気がなかった。
辛くとも、さみしくとも、ひとには踏み込んではいけないラインがあることをわたしは知っている。