本を持ったまま、廊下を進む。

ふと、テレピン油の匂いが鼻をついた。

さきほどより強い。寮長室と言っていたから、そのせいかもしれない。
 

階段の手前、いささか迷う。

部屋に戻るのがわたしの選択だ。

けれど、その先にある場所が引っかかる。お客さま、その単語も引っかかる。

だって寮長室にいるのが不思議だし、そもそもここに客なんて訪れない。
 

逡巡した結果、階段を通り過ぎる。

学園から出ることは禁止されているが、寮から出ることは咎められないはず。

すこし庭を散歩するだけだ。そう自分に言い聞かせる。
 

でもほんとうは知っている。

わたしは、彼を知りたがっていることを。
 

すぐに見えてくる寮長室の扉は開いたままだった。

僅かに声が聞こえてくる。男のものだ。

そして聞き覚えがあるも何も、よく知っている声だ。


「ユズリハ、お前理解してるのか」
 
窓の一歩手前で足を止める。

見なくたってわかる。ヒノエの担任であり生徒指導総括のヤマギワ。

つまりナギ・ユズリハの担任でもある。