「ノンフィクションは嫌い?」
嫌いとは言っていない、が間違ってはいない。
本棚を挟んで、会話が続く。
「こんなに劇的なことがあったんですよ、こんな人生送ったんですよって押しつけがましいから」
「事実は小説より奇なり、って言うよ」
「それはどうでもいいんです。わたしが欲しいのは現実じゃありません」
ふっと、茶色い髪が揺れ、本棚の影からキッカの微笑む顔が覗いてくる。
「嘘が欲しいんです、わたし」
「そうか」彼は小さくこぼしてから目を細めた。
そして顔を引っ込めて、足音を立てる。どこか別の本棚に向かい、しばらくしてわたしのいる列に戻ってくる。
その手にはもうぼろぼろになった手のひらサイズの本があった。
はい、と手渡された本。
黒い表紙はわたしの手袋を同じ材質でできていた。
古い本独特の香りが立ち昇ってくる。