読み終えた本を持ち、部屋を出る。一階にある書庫へと向かう。
廊下の窓から見える空は青くて、穏やかな午後の陽ざしを降りそそいでいた。
誰もいない廊下。普段なら誰かしらとすれ違うはずの空間。
ひとけのない寮の中に油の匂いをかすかに感じた。
これはたまにヒノエからするものによく似ている。
油絵の具に使うあの独特の、そう確かテレピン油。
すこしつんとする匂い。
ということはナギ・ユズリハだろうか。
もしかしたら、芸術学部の彼とわたしとでは提出課題が違うのかもしれない。
ああ、いるんだな、とほっとしたのは、隠したい事実。
書庫にたどりつくと、扉が開いたままになっていた。
中からは紅茶の香りがただよってくる。キッカだろう。
わたしの足音に向こうも気づいたのか、入ってすぐに目があった。
「そういえば、ニイも紙の書籍派だったね」
手にしていたのは小さなものだった。寮長室で読むものを選んでいるのか、と思ったものの既に半分ほどページがめくられている。