「良い経験だと思うけれどな。まあ僕だって幾度かあったし」
確かにそう言う彼の顔に後悔の色は見えない。
でもこのひとはいつだってこうなんだからそれが見えないからといって、何も証明にもならない。
「幾度も」
「そうだね。それでもほら、こうやって仕事してるし」
寮長ですけれども。その言葉は出かかって消えた。
仕事に優劣はないはずだ。
でももしかしたらそんな思いは顔に出てしまったのかもしれない。
キッカはティーカップに口をつけて、くすくすと笑う。
「これでもね、引く手数多だったんだよ」
自分で言うとはなかなかだ。
少々あっけに取られたものの、曖昧に「はあ」と返事をしておく。
「何かしら話題になるでしょう。モデルにスポークスマン、企業の広告塔、海外からもいろいろね」
海外。それはすこし不思議だった。
だってそのとき世界には既にジーンリッチが生まれていた。
日本は遅いぐらいだった。
もちろん、未だその手の研究には手をつけていない国だってある。
倫理的に受けつけることができず、入国を拒否する国もある。