「あいつさ、絵描くの嫌いなのかもしれないなってたまに思うよ」
 
階段の途中、ヒノエがこぼした。それはとても低音で、低温だった。

「だったらどうして芸術学部にいるの」
 
わたしはさして温度を変えずに聞いてみる。


「さあ。事情はひとそれぞれだろうし」
 
最後の一段を飛び降りる。

そう、事情はひとそれぞれ。ヒノエもそれなりに事情を持っていたりもする。

本人はまったく気にしていないみたいだけれど。


「話でもしてみたら?」
 

最後の一段も丁寧に踏んだヒノエが言う。

黒い髪が玄関からの風にゆれた。

ゆっくりと前を向く瞳は、彼らよりよほどきれいだ。


「共通の話題がない」
 
わたしの答えに、彼は頬を持ちあげる。

「謹慎」
 
その顔は、左右非対称。