「逃げるみたいだけど」
 
そう言う彼の顔を花火が縁取った。

その表情はどこか悲しげにも見えたし、微笑んでいるようにも見えた。
 

わたしは頷くことはしないで、右手でその指を強くにぎり返した。

 
逃げる。それだってひとつの選択。

彼はきちんと選択をしたのだ。自分の意思で。

他人に言われてのことなら、きっとこんな顔にも声にもならないだろう。
 

それに比べてわたしは。

ただ現実の窮屈さに辟易し、それでも繰り返し呼吸をしてきただけ。

未来を選ぶどころか、選択肢だって思い描いてはいない。

わたしには逃げる勇気だってないのだ。


「そっか。そうなんだ」
 
わたしの右手は、それ以上強くはにぎってもらえなかった。

ただわたしのことばにナギ・ユズリハは「ああ」とだけ頷いて、また花火へと視線を移してくれた。