わたしは、そうナギ・ユズリハに恋をした。
彼が描いた絵に添えられたその名前に。
なまえに?
立ち止まって空を仰ぐ。
青い空に白い雲のコントラストがうつくしい。
もくもくと湧きたつ入道雲は、山のむこうにある。
けして太陽には届かない入道雲。
深呼吸、ひとつ。
なぜか道の先に、彼がいる気がした。
この一本道は、山のふもとに行きつくだけなのに。
思い出すのは、あの瞳。病室で見せてくれた笑い声。そしてミントの香りと、テレピン油の匂い。
ああ、案外わたしは、彼のことを記憶しているのかもしれない。
そうだ、わたしは伝えよう。わたしのことを。
悔しいぐらいにちっぽけで、みっともないぐらいに情けない自分を。
だってわたしひとりだけが知ってしまっては、なんだか気持ちが悪い。
そうしてひとつ提案しよう。
恋をすることも、悪くないということを。