兄を思い浮かべる。
兄はジーンリッチで、優秀で非の打ちどころがなくって、完璧な人間だ。
おじいさんともまた違う。
だけどおじいさんは、ナギ・ユズリハにとってずっと目の前に立ちはだかる人物なのだろう。
本人の意思とは関係なしに。
そこは、わたしと一緒かもしれない。
そうだ、わたしはずっと気づいている。
ヒノエにだってなんども言われてる。
兄にはわたしへの憐れみも蔑みもなにもないのだ。
わたしが勝手に、コンプレックスを感じているだけ。
兄に、同じ質問をしたらどう答えるのだろう。
想像して、泣きそうになって、やめた。
おじいさんはそのまま帰ると言って、わたしに頭を下げて行ってしまった。
会わないんですか? の問いにはやさしい声で「もともと様子を見にきただけでしたから。それにきっと今は会わないほうがいいでしょう」と答えてくれた。
その表情にもくもりはなかったので、わたしはおじいさんを見送ることにした。
きっと、このひとはナギがどうして手首を切ったか知っている。
だから病院にも来なかったのだろう。そう漠然と思った。
ちらりと見えた、手首の傷が、目に焼きついている。