「そんな子が、自分から夏休みはアルバイトをしにいく、と言い出したのだから驚きました。ほんとうに、ありがとう」
 

あいまいで気持ちのよくない感情を抱えて俯きそうになると、おじいさんは目を細めてわたしの手を握る。

黒い痣が、その手に半分隠れる。

しわの深い手は、やわらかくてあたたかかった。
 

ふと、その手首にある傷跡を見つけてしまう。

「おじいさんは」その手に包まれたまま、わたしの唇が動く。


「ナギさんが、自分になにを感じているのか、不安になったことがありますか」
 
だけど気持ちはうまくフレーズになってくれず、まるで雰囲気だけをくるんだみたいになってしまった。
 

おじいさんは瞬きを数回してから、笑った。

「わたしはジーンリッチでなく、普通の人間ですから、いつだって不安ですよ」
 

それはたとえば、自分はどうせ普通だという卑下の気持ちとか、自分とは違うんだろうというジーンリッチへの僻みとかの混じりのない、純粋なことばに聞こえた。