「帰るのか」
さりげなく窓を開けるとそんな声が聞こえてきた。
それがナギ・ユズリハのものではなく、窓の外から聞こえたんじゃないかと一瞬疑ってしまったのは、なぜだかわからない。
「うん、いちおう」
何が一応、なのだろう。
あの学園から解放されるのは嬉しいはずだし、緑豊かな田舎はそれだけで心地良い。
だけど、どこかやはり、家族と顔を合わせるのは後ろめたさや遠慮というものを感じてしまうのが事実。
だからたぶん、わたしは帰ったところでほとんどヒノエのところで時間を過ごすだろう。
「そうか」
隣の顔を少し伺っても、眉ひとつ動いてはいなかった。
ただ空を見つめ、揺られる姿がそこにはあった。
「明後日からは」
赤に点灯するシグナルに、電車が止まる。
わたしの声に、隣人は振りむかない。
「ああ、まあ」
そうやって曖昧に口だけ動かして、意味のなさない声を発して、彼は再び走りだした電車の床を見つめた。
それから先、キッカが出迎えるまでふたりの間に会話らしいものは発生しなかった。