よろめいて扉横に身体をぶつけたヤマギワは、なにが起こったのか理解できていないらしい。
くやしいのは、映画みたいにこいつがふっとんで尻もちをつかなかったことだ。
はじめて殴った。教師も、ひとの顔も。
「あ、アマハネ、お前」
こいつは権力って鎧を着てはじめて威張れる体質なんだなとあらためて思う。
それをはがした今、目の前にいるのはただのみすぼらしい中年だ。
「馬鹿なのはあんたでしょ」
生徒に遠巻きにされて、それこそが自分の力だと思っていた、はだかの王様。
「欠陥品だって、毎日必死に生きてるよ」
それに比べたら、泥をすすって這いつくばってでも生きている者のほうが美しい。
ぽかんと口を開けて、次第に顔を赤くして。ようやく事態を飲み込んだのだろう。
ヤマギワがこめかみに血管を浮き上がらせながら言う。
「何をしたか覚えてろ」そんな見事な捨て台詞。
本来の目的を忘れたのか、いやすでに言い終えて満足したのか、来たときよりも派手な足音を鳴らして帰っていく。
威厳もなにもない、ちっぽけな背中。