横のベンチで、キッカが目を閉じていた。疲れたのかもしれない。
わたしはそっと、息をこぼす。
いま、扉を隔てた向こうに寝ているのはわたしではない。
でももしかしたら、あれはわたしだったかもしれない。
わたしは大丈夫、わたしは平気。
そんな見栄、一瞬で崩れ去るだろう。
だから彼も刃物を手に取った。
雨音がこんなに悲しいことって、久しぶりかもしれない。
そういえば何も持たずにきてしまったな、と思う。
すこし温かいものが飲みたくなった。
だけどポケットに財布はない。
病院に来たのなんて久しぶり過ぎて、無料のベンダーがあるのかどうかもわからない。
これだけ大病院だったらひとつぐらいありそうなのだけれど。
探しに行くか、誰かに聞いてみるかしようか。
でもその間にナギ・ユズリハが目覚めたら?
――その間に?
いや、なんだというのだ。それでもかまわないはずだ。
帰ってきて起きていたらそれで充分じゃないか。
どうしてわたしがいない間に目覚める可能性を気にしてしまうのか。