愛した男の声だった。
抱きしめられただけで涙が溢れてしまうほど、愛した男の声だった。
彼と過ごした五年間、それは真希にとって途方もなく苦しく長い時間だった。
ただひたすらに、彼に恋をしていた五年前とはもう違う。
心だけでなく皮膚が、粘膜が、彼の体温に反応してやまない。
「…真希」
振り返る前に後ろから抱きしめられると、少しだけ懐かしい彼の香りがふわっと漂った。
清潔感のある、お日様の香り。
香水をつけない彼からいつも漂ってきたのは、彼の妻が洗濯した柔軟剤の香りだった。
「…やめて…」
声が震える。
「…武…、嫌だ…苦しいよ…」
そんなふうに嫌がれば嫌がるほどきつく抱きしめるのは武の癖で、そんなことはわかっているはずなのに確かめるように言ってしまうのはまだ彼を愛しているからなのかもしれない。
「…離して、武…」
「…嫌だ。離さない」
いけないとわかっているはずなのに、
どうして人は誰かのぬくもりを求めてしまうんだろう。


