頬を赤らめたままの絵美が、思い出したように言った。
「このクッキー、美味しいですよね。」
つい先日、園山が差し入れとして持って来たクッキーのことだった。甘いものに目がない絵美は休憩時間におやつがあると俄然テンションが上がるらしい。
「園山マネージャーって、素敵ですよね。格好良くて、仕事ができて、お洒落だし」
絵美はうっとりとした表情を浮かべる。
さっきまでバレンタインの彼の話で真っ赤になっていたはずなのに、と真希は笑った。
確かに彼には、独特の色気と人を引き寄せる何かがある。
いつも落ち着いていて感情を表に出さない分、ミステリアスにも見える。
一見冷たそうに見えて、何を考えているのか解らない。そういう男に惹かれる、という女の子は意外に多いだろうなと真希は思った。
「そう?あたしは全然そうは思わないけどな」
真希が答えると、「ええ~」と絵美が不服そうに言った。
「あたし、園山マネージャーは店長のことが好きだと思うんです」
真希は「はぁ?なんでよ、意味わかんない」と笑ったが、絵美の顔は真剣そのものだ。
「店長は、太一さんとマネージャー、どっちが好きなんですか?」
ああ、と真希は頭を抱えた。絵美には武とのことを話したことはないからだ。
隠したい訳ではなかったが、純粋な彼女に本当のことを堂々と話す勇気はなかった。
恋人のいない自分がプロポーズまでした太一と付き合わないのは、他に好きな人がいるからだと絵美が思うのも無理はない。
「どっちのことも、好きなんかじゃないわよ」
そう言いながら、園山になら一度抱かれてみるのも悪くないと思っている自分はつくづく最低だと真希は思った。
園山になら、武とのことを話しても解ってもらえそうな気がする。
どうしようもなく寂しい夜に、抱いて欲しいと言えばきっと黙って抱いてくれるだろう。
一体いつから自分はこんな嫌な女になってしまったのだろう。
自分が本当に欲しいものは、いつも決して手に入らないものばかりだ。


