毎年のことだが母の日前の一週間は、早朝から深夜までほとんど眠らず店に缶詰状態で作業をすることになる。
真希は目の下にできたクマをコンシーラーで隠しただけの状態で、今日店で売る分の真っ赤なカーネーションに一本ずつ丁寧にフィルムを被せていた。
母の日当日までに到着する五十件以上もの配送作業を終え、真希も絵美も母の日当日を迎えた今朝は既に疲れがピークに達していた。
「もう見飽きちゃったわよね、カーネーション」
真希はふうとため息をつきながら呟く。長さを揃えてカットし下の方の葉を取り、花を守るための透明のフィルムを被せて水につけておくと、あとは保水をしてリボンをかけるだけですぐにお客様に手渡すことができる。
黙々とカーネーションにフィルムをかける真希の隣では、真希に負けず劣らず眠そうな表情の絵美が、小さなカゴにオアシスと呼ばれる生花用の給水フォームをひとつひとつナイフでカットしてセットし続けている。
「ねえ、絵美ちゃん」
真希が疲労困憊ムードを和らげるように、なんとか笑顔を作って絵美に向かって話しかけた。
絵美は真希の言葉に顔を上げる。疲れは隠せないがどこか清々しい表情をしているようにも見える。
「そういえば、昨日は素敵な男の子が来ましたよ」
作業の手は休めることなく、思い出したように絵美が言う。
「小学校一年生くらいの男の子が、『母の日の花をください。』っていうから、てっきり赤いカーネーションのことだと思ってラッピングして渡そうとしたんです、そしたら」
絵美はいたずらっぽく嬉しそうに笑う。
「その男の子、何て言ったと思います?」
真希は首を傾げた。
「何て言ったの?」
「『それじゃない。これ。』って言ってローテローゼを指差したんですよ」
ローテローゼは深い赤色をしたスタンダードなバラの品種だ。
「へええ。母の日に赤いバラか、ロマンチストね」
真希は感心したように言った。
「将来いい男になるわね、きっと」


