そして一年前。
麻里子は突然こう言った。
「猛さん、あたし、あなたの赤ちゃんが欲しい」
思ってもみない台詞だった。
「武と別れて俺と結婚するということか」
猛が聞くと、麻里子はゆっくりと首を横に振った。
「あたし、あなたの赤ちゃんを産むわ。あたしと夫の子供として」
猛は麻里子の言っていることが理解できなかった。
「俺と結婚するのがそんなに嫌か」
猛が吐き捨てるように言うと、麻里子は大きく首を横に振り、「…違うの」と言った。
「あの人が、どんな顔をするのか見てみたい」
麻里子は猛が見たこともないような強い目をして言った。
「別れるのは、それからでも遅くないわ」
そう言った麻里子の冷たい表情は背筋が凍りつくほど美しく、そのとき初めて、猛は麻里子が夫のことを心から恨んでいるのだと思い知らされた。
麻里子の弱さにつけこんで、無理矢理抱いたと思い込んでいた自分はとんだ大馬鹿野郎だった。
自分の気持ちを利用して、麻里子は自分を抱いたのだ。


