麻里子がそのとき、自分を愛していたかと聞かれれば、答えはNOだと猛は思う。
けれどその夜、確かにふたりの間には微かな愛が存在し始めたのだ。
自分は罪深く、卑怯な男だった。
麻里子を抱いて何かが解決する訳ではないと知りながら、溢れ出す想いを止めることが出来なかったのだから。
静かに頷くことで自分を受け入れた麻里子は、猛がそっと唇を合わせると、二度目は自分から唇を寄せてきた。
それはとても柔らかく、ひんやりと冷たい唇だった。
その日から、猛は彼女の中に残る夫の面影をかき消すように、ただ夢中で麻里子を抱いた。
ビジネスホテルの一室で、下品で煌びやかなファッションホテルで、時には猛の車の中で、麻里子はいつもただ黙って猛に身を任せた。
「…タケルさん…」
麻里子が掠れた声で自分の名前を呼ぶ度に、猛は嫉妬に狂いそうになる。
麻里子は武に抱かれているときも、こうして彼の名前を呼ぶのだろうか。
「タケシ…」麻里子が武の下で快感に身をよじる表情を想像するだけで身震いがした。
自分と名前の似ている麻里子の夫。
武と猛。
同じチームにいた学生時代はよく名前を読み間違えられたり書き間違えられたものだった。
「麻里子…」
猛は確かめるように、何度も何度も麻里子の名前を呼んだ。
「タケルさん…」


