真夜中だった。
「…武は?」
沈黙を破ったのは猛のほうだった。
車の助手席で叱られた子どものようにぽろぽろと大粒の涙を流す麻里子に、こんな時間に夫は何をしているのかと聞くのは酷だということは解っていた。
だけどそれを聞くのが自分の役目だということも、猛は不器用なりに理解しているつもりだった。
「…武は帰って来てないのか」
猛がぶっきらぼうにたずねると、麻里子はずずっと鼻を啜りながら小さく頷いた。
「女の所か」
猛は容赦しないつもりだった。
自分は慰めるために呼ばれた訳ではない。
共感して慰めて欲しいなら女友達を呼べば良いのだから。
「…連絡はないのか」
麻里子は黙って頷いた。
少し落ち着いてきたのかハンカチで涙を拭っている。
「で、俺はどうすればいい」
麻里子がはっとしたように猛を見た。
泣きはらした目は赤く充血して、薄手のカットソーの上からでもわかる麻里子の細い肩は、抱き締めたくなるのを堪えるのが精一杯だった。
「武がやってることは、正しいことじゃない」
猛は冷静に、言葉を選ぶことで自分自身を落ち着かせようとした。
「君が武を許せないなら、別れるという選択肢だってある」
それに、と猛は言った。
「君がやめてほしいと言えば武はやめる可能性だってある。浮気くらい話し合って解決している夫婦はいくらでもいる」
麻里子はゆっくりと猛を見た。
何かを訴えるような、そんな強い意志をもった眼だった。
「それとも」
猛は小さく深呼吸をして、そして言った。
「武に仕返しをするために、俺に抱かれても構わない?」
麻里子が驚いたように顔を上げる。
猛は続けた。
「こんな時に言うのは狡いんだろうけど」
「俺は君が好きだ」


