「やぁ、こんにちは」
店に入って来た短髪の若い男が、少しぎこちない様子でそう言ってにっこりと笑った。
半袖一枚で出歩くにはまだ少し早いんじゃないのと思いつつ、真希は若い男の視線を辿る。
「あ…」
それに気付いた絵美が驚いて頬を赤く染める。
あらら、と真希は思わず微笑んだ。
なんてわかりやすい反応をするんだろう。
こんな風に素直になれたらと真希は絵美を少し羨ましく思った。
「いらっしゃいませ」
耳まで真っ赤になった絵美が短髪の男に向かって言うと、男は優しげな笑顔を絵美に向けた。
初々しくて爽やかで、なかなかお似合いのふたりだと真希は思った。
「母の日に、花を送りたいんだけど」
見た目によらず高めの穏やかな声で、男は絵美にそう言った。
きっとそれを口実に、絵美が仕事をする姿を見に来たに違いない。
絵美が慌てた表情で「あ、ええと…」と小声で呟きながら真希を見た。
真希はそれに笑顔で返した。
「絵美ちゃん、そのお客様の接客お願いします。ゆっくり相談に乗ってあげてね。あ、あたしはちょっと、文房具の買い出し行ってくるから」
真希はそう言いながら、そそくさとショップバックを持ち、「じゃ、お願いねー」と困り顔の絵美をひとり残して店を出た。
きっと彼が、例のバレンタインの彼に違いない。
「…悪い男じゃ、なさそうよね」
他人の恋愛ごときに年甲斐もなくこんなにもドキドキしてしまうのは、純粋な絵美のことが心配でたまらないからだ。
真希は確かめるようにそう呟いて歩き出した。


