「おかえり、真希」



キッチンに立っていた、武が振り返って真希に言った。



風呂上がりらしい武はまだ髪が少し濡れていて、マグカップをふたつカウンターに置くと「真希もコーヒー飲む?」と聞いてきた。



真希は黙ってバッグを置くと、キッチンの武に歩み寄った。



ふたりで暮らすようになって、武と毎日同じ部屋に帰ることが、どれだけ幸せなことかを知った。



武が自分の元からいなくなってしまうことを不安に思わなくなった代わりに、今までは感じることのなかった気持ちが真希の中に芽生え始めていた。



「武、話があるの」



「どうした?」



武が振り返る。



自分だけのものになった武。



妻の代わりに武の所有権を手にした自分。



武はきっとまた、自分以外の女を抱くだろう。



奪ったものは奪われて終わるのだ、そんな風に考えると、武の妻であった人の気持ちがよく解る。



奪われるということは恐ろしいことだ。



人の夫を奪ってしまった母と自分はなんて愚かな人間なのだろう。



一緒に暮らしてなおこんな不安定な気持ちにさせる男のことを、なぜあんなにも愛していたのだろう。



最も大切な人を置き去りにして、あんなにも傷つけてまで。



「武、あたし、ここを出て行くから」