「腹減ってるだろ?何でも頼んでいいからいっぱい食えよ」



園山雅人は馴染みのイタリアンレストランのテーブルで、向かい側に腰掛ける若くて美しい女性に向かってまるで自分の娘にでも言うように言った。

彼女といると自分の娘か妹か、小さな姪っ子のように感じる時がある。もちろん若くて美しい彼女を見ていると、男としての欲望が掻き立てられないと言えば嘘にはなるけれど。



「何頼もうかなあ。雅ちゃんお金持ちやからいっぱい食べたろ」



ナミちゃんは悪戯っぽく笑う。園山が店員を呼び、注文を済ませると、ふたりは向き合って目を合わせる。



「ひとつ聞きたいことがあるんやけど」



ナミちゃんは改まって言った。その表情は、いつもと違って少し不安気で真剣だ。



「何?俺の年齢だったらその質問には答えられないけど」



園山がはぐらかすように言うと、ナミちゃんはあははと笑う。



「雅ちゃんは三十九歳。来年四十歳のオッチャン」



「オッチャンはやめてくれよ」



「じゃあオイチャン?あたしが聞きたいのはそんなんじゃないねん」



ナミちゃんは真剣だ。「ごめん、ごめん。じゃあ何?」と園山が再び尋ねると、ナミちゃんはコホンと咳払いをする真似をした。



「雅ちゃんは、なんであたしを誘ったん?あたしと寝たいから?」



園山は、飲んでいたグラスのミネラルウォーターをぶっと吹き出した。



「率直すぎて何て答えていいか解らない」



園山は笑った。「もちろん寝たくない訳じゃないけど」



「やっぱりな。別にいいねん、あたしは。それやったらこんなお洒落な店に連れて来てくれんでも、さっさとホテルに連れ込んでくれたって良かったのに」


ナミちゃんは少しだけ悲しそうに、ぶっきらぼうに言った。



「そんな大人の気遣いみたいなんいらんねん。こんな店連れてこられたら、普通のデートみたいに思ってしまうやん」



「そんなつもりで誘ったんじゃない」



「でもいつかは、そのうち、三回目くらいには、とか思ってるんやろ」



こんな話を周りに聞こえるような声で堂々とする女は初めてだ。園山は可笑しくなって笑った。



「別に嫌なら二度と会わなくてもいいよ、選ぶ権利は君にある」



「何、その言い方。あたしが振られたの知ってるからって弱みにつけこんで誘ったくせに」



ナミちゃんは頬を膨らませている。喧嘩をしようとしているのか冗談なのか、とにかく園山は笑いがこみ上げて仕方がなかった。



「じゃあ、何て言えばいいんだよ」



「あたしに聞かんと自分で考えて」



ぷいと横を向いたナミちゃんは、料理が運ばれて来ると何事もなかったかのように嬉しそうに食事をし始めた。まるでテレビのレポーターのように「うわあ、美味しい!」といちいちハイテンションでリアクションしながら食べるナミちゃんは、さっきまで自分を抱きたいのかと尋ねてきた女と同じ女だとは思えない。


これは久々に苦労するな、と思いながらも、園山はどこかワクワクした気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。