「今年も終わりかぁ」



最終電車に間に合うように絵美を帰宅させた後、真希はひんやりと冷たく静まり返った店内でひとり呟いた。



とくに急いで片付けをする訳でもなく、パソコンの画面と向き合って溜め息をつく。
別に店に長居したい訳じゃない、ただ帰りたくないだけだ。


店はバカみたいに忙しくて連日残業続きなうえに、マンションの部屋で独りぼっちで過ごす年末年始なんて大嫌いだ。


頼みの綱の太一は今ごろ実家のコタツでのんびりみかんでも食べているだろう。



オリジナルの迎春アレンジメントの売上は、前年までの年末の売上を大きく上回っていたし、クリスマスからの切り替えがうまくいったことで、ここ数日間は全体的な売上もかなりの好成績だった。



年が明けたらしばらくは店も暇になるだろう。



「こんだけ結果出してんだからちょっとは見ろっつの、このボケ」



真希が本社から配布された連絡用のノートパソコンの画面に向かって吐き捨てると、店の固定電話から着信を知らせる短い電子音が繰り返し鳴り響いた。



「…ボケは言い過ぎたか…」



真希は自分の乱暴な独り言を反省してからコホンと咳払いをして受話器を取った。



「はい、お電話ありがとうございます」



「お疲れ様。本社の園山です」



聞き覚えのある低い声が受話器の向こう側で響いている。
噂をすれば。と真希は心の中で呟いた。



「園山マネージャー、おひさしぶりです」



ちょっとしたイヤミのつもりで言った。

マネージャーのくせに店を見に来ることもほとんどない。

真希が彼に会ったのは、アルバイトから突然店長になる気はないかと言われたその日とあとは、マネージャーとして店に顔を出す年にほんの数回だ。



「おひさしぶりです、か。相変わらず冷たいな、真希ちゃんは」



年に数回しか会わない一回り近くも年下の部下を真希ちゃん呼ばわりする馴れ馴れしさは、パワハラやセクハラという言葉にあまり馴染みがない年代らしい。


今時流行らないくわえ煙草、デザイン装飾会社ゆえに許される緩めのパーマをかけた黒髪に、きっちりと着こなしたスーツが、園山雅人のトレードマーク。



「今日の売上、見たよ。さすがだな」



彼の独特の声でそう言われると、素直に喜んでしまう自分が嫌だ、と真希は思った。



「…ありがとうございます」