麻里子のいない家に帰るのは苦痛だった。



ぱりっとアイロンのかかっていないシャツを着ることも、暖かいコーヒーを飲むやり方も、ベッドで眠ることすら麻里子がいなければどうすれば良いのかが解らないのだ。



親友だと思っていた猛にいつしか抱かれ、この部屋から奪われていった麻里子。



誰より大切な女だったはずなのに、どこで間違ってしまったのだろう。



麻里子に捨てられた自分になど、何の価値もない。

そう気付かされたのは、会社の同僚に妻が出て行った話をしたときだった。



『榎本、それはお前、自業自得だよ。あんないい嫁がいて浮気するなんてな。俺はそう思うよ』



一番仲が良かった同僚は一言そう言って、哀れむような目で自分を見た。



いくら後悔しても遅いのだ。



今さら麻里子に謝ったところで、猛を愛し、猛との間にできた赤ん坊の母親となった麻里子はもう帰っては来ないのだから。



何もする気が起こらず、武は乱雑に散らかったフローリングの床に座り込む。



自分が愛してやまなかった、麻里子の幸せそうな優しい笑顔を思い出し、気付けばぼろぼろと大粒の涙を流していた。




「…ううっ…麻里子…。麻里子…」