あたしから視線を逸らした彼の表情は、もう見えない。
視界には天井だけが浮かんでいる。
「ぼくは家族でひとりだけ、こんな見た目で…母さんの血縁の先祖返りらしいけど、それでも幼少の頃は、かわいがってもらってたんだ。父さんにも母さんにもあまり似てない…晃良兄さんは父さん似だけど…だけど唯一日向兄さんにだけは、少し顔立ちが似てるって、言われてた。ぼくはそれが、嬉しかった」
彼の言葉を聴いていると、どうしてだろう胸が痛くなる。
「ぼくも一番、日向兄さんにかわいがってもらった。ぼくも日向兄さんが、大好きだった」
胸の内の内から湧き出てくるのは、“あたし”じゃなくて、きっと“彼”のもの。
「中学の頃までは、本当に部屋からほとんど出なかった。食事も部屋の前に運んでもらって、ひとりで食べてた。だけどこのままじゃダメだって、思って…食事だけは家族ととるって晃良兄さんと約束した。高校生になって、本当に久しぶりに、家族で食卓を囲んだ。そしたら母さんはぼくを見て、「日向」、て……笑ったんだ。母さんの笑った顔を見たのは、本当に久しぶりだったんだ」
彼は泣いてはいなかった。泣いていたのは、あたしの方だった。
「相変わらず学校には行けなかったけど…だけどせめてこれだけは、守らなきゃと思った。…母さんの前では、日向兄さんになろうって。結局なりきれていないこともわかってる。何も変われていないことも、わかってる。だけど母さんがぼくをそう呼ぶなら、それだけでもう、良かったんだ」