「そういえば晃良、明日発表する資料は出来てるのか?」
「午前中の内に父さんと役員の方にはメールで送っておきました。印刷したものは父さんの部屋の机に置いてあります」
「そうか。明日は午前中病院で会議があるから、私はその後会場に向かう」
「じゃあ先に行ってます。僕は朝の定期検診だけなので」
静かな食卓だと思った。
お父さんとお兄さんの会話が終わると、それ以外の音はまるで無いかのような。
お母さんもただ静かに食事を口に運んでいる。
“家族”の会話はまるで無い。
あたしは何故か殆ど体を動かすことができなくて。
この場でフォークを使うこともできなくて。
どうしてだかわからないけれど、本当にぴくりとも、体が動かなくて。
ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。
そうして沈黙の食事が数十分過ぎた頃、お父さんが一番に箸を置いた。
お母さんが見計らったように声をかける。
「あなた、おかわりは…」
「いい。晃良の資料に目を通してくる」
言って、席を立つ。
そしてわき目もふらずに部屋を出る。
あっという間に、“家族”での食事は終わった。
お父さんはこの部屋に入ってから一度も“あたし”を見なかった。
まるでここには、この席には誰も、いないかのようだった。